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感受による渇愛ルートの処理法について-1♪

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仏法をいかに活用していくか?
 ということについて、それがあまりにも広範囲であるため、
 さて、どこからEP2と融合させていこうかと、
 悩みに悩んでいました(笑)。

 といいながら、その悩んでいる状態について、
 四聖諦(シショウタイ)による問題解決法にあてはめて考えたり、

 スリーインワン・キネシオロジーの『振る舞いのバロメーター』と関連づけたりしながら、
 まずは、私自身に仏法を徹底的に適用することで、
 四聖諦を日常生活において実用的かつ、すぐに活用していく方法を試しているところです。

 仏法について、あまり知らない方のために四聖諦について、少し書きますと・・・・

 1.苦諦(クタイ)-PDCAサイクルではPlan 
   問題やストレス(苦:ク)を認め、知り観察(遍知:ヘンチ)する段階。
   あるいは人生のプラン、どのように生きるかという目標・目的を計画します。

 2.集諦(ジッタイ)-PDCAサイクルではDo
   次に問題やストレス(苦)の原因(集:ジュウ)を観察して発見し、
   取り除く(滅除:メツジョ)必要のあるものを見定めます。
   人生プランや目的においては、
   真に到達したい状態を遠ざけている原因を見定めます。

 1と2は、現状分析の段階であり、問題やストレス、あるいは人生プランや目的などについて
 どのようにしたらよいか、感情を交えず、ただシンプルに観察する段階です。

 3.滅諦(メッタイ)-PDCAサイクルではCheck
   次に問題やストレスの原因を取り除かれた後には、どのような状態が達成できるか
   仏道では、煩悩を薄くしていくことにより、喜びが増し、
   心が少しずつ落ちついた状態に導かれることにより証得(ショウトク)されていきます。
   あるいは、問題を克服した状態について仮定・考察したり、
   人生プランや目的の場合は、その達成度を点検・評価します。

 お釈迦さまの場合、四聖諦という十二支縁起のサイクルを克服する道を
 すでに見出されているため、苦集滅道の意義は定型化されています。
 このため、仏道実践においては、お釈迦さまが示された方法・フォーマットに沿って、
 それが真実であるかを自らが学習、検証、修得、了知する道と言えます。

 4.道諦(ドウタイ) -PDCAサイクルではAct
   次に苦・問題やストレスの原因を具体的に取り除く方法論の実践に入ります
   (八正道:ハッショウドウの修習:シュジュウ)。
   人生プランや目的においては、理想的な状態を達成するために、
   どのような情報、知識や技術が必要かを見極め、実践し、修得していきます。

 3と4は、具体的な行動・実践によって、結果を検証し、成就の度合いを測る段階です。
 このプロセスは、仏教本来の目的である「幸せなあり方」の実証であり、
 この段階によって心身の安楽や自己成長の喜びをしっかりと味わいながら、
 目的を成就するまで駆け上がっていくことにあります。

*PDCAサイクルについては以下を参照してください♪

http://ja.wikipedia.org/wiki/PDCA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB

 このように、問題提起から始めて、それについて具体的に解放するための方法を
 キネシオロジーを活用し、刹那刹那に起こっていることを、
 意識・潜在意識・身体レベルで時間をかけて見つめなおし、
 心身の同意を求めながら行うことが
 仏道と深層心理を応用していくことになると私は考えています。

 苦・問題・ストレスにおける解放のポイントは、
 自然界の法則と人間の反応パターンを、様々な相と、刹那・刹那に分解し、
 分析しなおし、エラー反応を消去していくことにあります。

 仏法において自己開発されていない段階における人間の反応パターンは、

 外界の対象(色・物質)→五官(眼、耳、鼻、舌、身)と意識の接触→受→想→行→識
 という(色・受・想・行・識は五蘊:ゴウンと呼ばれ、心身のこと、主に欲界)反応ラインと、

 十二支縁起(過去・現在・未来におけるタイムライン上)の
 無明→行→識→名色→六処→触→受→渇愛→取→有→生→老死
 があります。

 受という感覚あるいは知覚が、快か、不快か、快でも不快でもないという
 大まかな反応パターンに対して、どのように改善していくかということにあります。

 快感覚→欲しがる(貪欲)
 不快感覚→嫌悪(闘うか逃げるか=瞋恚(シンニ))
 快でも不快でもない感覚→無自覚(無痴)

 これが人間が開発されないままの状態、
 すなわち「渇愛反応ルート」と考えることができます。

 この渇愛による反応パターンのルートの大きな特徴としては、
 渇愛による不満足感(苦)、自分が望まないものへの怒り、
 その時々への公平な知覚認識が育まれていないため無関心になっている状態があり、
 総じて情緒不安定かつ、暗い感情に囚われた状態にあるといえます。

 つまり、渇愛(何らかの対象を欲しがる心の反応)のすべては、
 心を暗くする反応であり、自然界の対象に対して、その法則を知らず、
 あるがまま、心静かに観察できていないので、苦しみになっているわけです。

 ですから、心が暗い状態は、何らかの間違いエラー反応があることに
 まずは気づき、それを“批判することなく”認め、観察することが最初の段階である
 と言えます。 間違い=悪・ダメなことではありません。 
 間違いに気づいたら、即座に修正・訂正できるかどうかが重要だということです。

 私たちに苦しみが生まれるのは、
 自然界の法則である三相を、私たちが智慧によって実相を理解せず、
 主に偽の感情に浸ってしまい、法則を受け入れていないことによります。

 十二支縁起(輪廻:リンネのサイクル)において、キネシオロジーを使う場合、
 どの領域を特に自己成長していくうえで見る必要があるか筋肉反射で特定し、
 その一つひとつの領域におけるストレスを解放していくとおもしろいかもしれません。

 自然界の三相は、無常、つまり、一切のものが変化し続けていること、
 苦は一切のものの自然の状態あるいは自然界の状態であり
 すべてのものが元の状態に留まれない症状だということ。
 無我は、一切の事物が本来は、誰の自我ということはできず、
 誰かが所有、支配することもできず、それはそのものの因縁、
 あるいはそのものの自性のままに存続しているということです。

 そのような自然の法性を観察された後、お釈迦さまは、
 自然界の中にある人間がその状態を克服できるかどうかについて洞察されました。

 すなわち、自然界の法則・原理に対して、本能あるいは欲望のまま生きていくしかないのか、
 それとも、自然界の法則・原理を学び、それを善用し、苦を克服し、
 幸せに生きるための方法、あり方、道があるかということです。

 お釈迦さまは、その道を自らが実証したことにより、その方法論を定めました。
 お釈迦さまは、何が悟りという状態であるかを、具体的にされた人でもあります。

 他にも道がありますが、私たちは物質次元の中で生活し、束縛されているため、
 俗世間から少しずつ出世間(世間を出る)智慧へと段階的に進んでいく方法を
 知ることが、闇雲に進むより効率的に実践を進めていけるように思います。
 
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