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潜在意識のなかに隠されている計画に気づくために

 今日のテーマは、「私たちの潜在意識が、じつのところ何をしているか?」ということと関係しています。

 私自身の今の見解では、潜在意識や無意識そのものが悪いと考えるのではなく、その奥に真の自己が隠されていることに気づいていないことだけが問題だと思っています。 自分とは違うバラバラな何かが存在するという概念のすべては、けっきょくのところ、意識という私たちの本体が、あまりにも身体と密接に結びつきすぎているため、可視領域にある物質的な観察の領域にしか注意をはらわなかったり、目に見えることだけを信じている視野狭窄の状態に陥っていることによる、と私は考えています。

 今までに何度も例をあげたことですが、私たちが、深い眠りで夢を見ていないとき、物質的な世界や自分の人生の物語をすっかり忘れています。 つまり身体意識が無意識の状態に没入しているわけですが、決して意識が消滅してしまったわけではありません。 

 身体意識を忘れた意識-無意識という状態のなかにいる私がある、ということです。 無意識は-意識の眠り、あるいは肉体が死を迎えた場合は、ある身体から意識は離れますが、私はただ無意識のなかに溶けこんでいっただけであり、意識は決して死ぬことはない、と私は考えています。

 つまり、意識が身体から離れていたとしても、むしろそのほうが意識本来の状態にあるということです。 いつも同じことばかり書いていますので、私の仮説はこれぐらいにしておきます。

 今日の日記は、「潜在意識のなかに隠されている計画に気づくために」というテーマですが、これについて、チャック・スペザーノ博士の「成功心理100*VOICE」の中で紹介されている概念をご紹介したいと思います。

 私自身、長い間、キネシオロジーで潜在意識そして無意識が何をしているかを研究してきましたが、チャック・スペザーノ博士の見解は、私の体験では正しいと感じています♪

 微妙~に、私と言葉の概念における定義はちがっていたり、相対的な現実における真実へと向かう原理上のうえでは、という註釈つきではありますが・・・

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Lesson35-今手にしているものこそ、求めているものである

 この原則を奇妙に感じた人もいるかもしれません。 しかし、私は今までこの潜在意識の原則を幾度となく活用してきました。 だから自信を持ってこう断言できます。 「これは絶対的な真実である」と。 今私たちが手にしているものこそ、私たちが求めているものにほかなりません。 たしかに、私たちは対処したくない情報や問題を否定したり、自分自身から切り離して考えたり、抑えつけたりすることができます。 しかし、これまで30年以上も深層心理の研究に携わる間に、私はこの原則がくり返し表れるのを目の当たりにしてきました。 そう、私たちは皆、間違った選択をしたのです。

 そしてあとになって、「これでは幸せになれない」とその選択を後悔しているのです。 もう一度、この原則をよく吟味してくみてください。 「今私たちが手にしているものこそ、私たちが求めているものである」 もし人生が愛や成功に恵まれていないなら、何らかの偽の見返りが隠されている証拠です。 その種の偽の見返りは私たちの成功よりもむしろ、私たちのエゴを支援してしまうものなのです。 一般的にエゴは浸りこみ(耽溺)、特別扱い、競争、自立、分離、あるいは、あるニーズを満たすといった形の見返りを用意しています。 でも実際のところ、この種の偽の見返りは私たちを被害者にしたり、激しく傷つけてしまうものにほかなりません。 これらにより、私たちは犠牲に導かれ、受け取ることを拒否し、優越感と劣等感の悪循環にはまりこむことになります。 エゴを溶かしてくれる自信や親密感、成功、喜び、平等からますます遠ざかってしまうのです。 エゴはコントロールを望んでいます。 エゴは私たち自身や他人を攻撃したがっているのです。 エゴの望みは、私たちが自意識にとらわれ、流れから外れてしまうことにほかなりません。 エゴは愛、喜び、創造性に対処できず、あらゆる種類の罠や遅れ、注意散漫、陰謀へ投資をしてしまいます。 今日は、エゴとの契約を破棄しましょう。 その契約による悪しき態度が、あなたを本物の人生から遠ざけてしまっているのです。 自分のハイアーマインドを選んでください。 真実と創造性に投資するのです。 あなたの人生に否定的な分野、あるいは成功が足りない分野があれば、心の力を振り絞って何度もこう唱え続けましょう。 「これは私にとっての真実ではない。 私は真実を求めている。 私は自分に対する神の意志を望んでいる。 その神の意志こそ、私を完全に幸せにしてくれるものだと知っているからだ。 私はここで意識的に、エゴの偽の見返りを手放すことにコミットしよう。 その偽の見返りにより、私が幸せを手にすることは断じてない。 私が求めているのは真実だ。 私は自分自身のために成功と幸せを選ぶ。 私は喜んで変化を受け入れ、その変化をスムーズなものにしよう。 私は愛を選ぶ。 私は喜びを選ぶ。 そして私は成功を選びとるのだ」

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Lesson53-あなたのすべての行い が「成功」を意味する

 私たちのすべての行いが、私たちの心のある部分にとっての「成功」を意味しています。 私たちのあらゆる体験こそ、私たちの一部の「人格」が計画した「成功」にほかなりません。 これは非常に重要な教訓です。 この教訓を学べば、自分自身に大きな力を授けることができるのです。 「私たちのすべての行いが『成功』を意味する」-この教訓が示すように、私たちは自分自身も知らない「隠れた目標」を持っています。 私たちの行動および体験は例外なく、そのような目標のひとつの達成を意味しているのです。 言うまでもなく、私たちは意識面において、万事に渡る成功を望んでいます。 にもかかわらず、不甲斐ない結果に甘んじてしまうことがほとんどです。 しかし、そのような結果を選択しているのは、私たち自身にほかなりません。 それは、私たちの心の一部が「成功以外の結果」を望んでしまっているからです。 たとえ私たちがこの事実に気づかなかったとしても、その部分は強力な力を発揮して、不甲斐ない結果を生みだしてしまうのです。 私たちの一部は「成功未満の結果」を望んでいます。 そして私たちは、自らの隠れた計画どおりの結果を導き出してしまっているのです。 これこそ、私たちなりの「成功」の形にほかなりません。 こう聞くと、思わず自分にこう問いかけたくなる人もいるでしょう。 「いったいどうして、私はそんな結果を望んでしまったのだろう?」-あなたもこの質問をじっくりと考えてみてください。 どんな答えが思い浮かぶか、よく見きわめるようにしましょう。 試しに、自分が「成功未満の結果」を望んでいたフリをしてみてください。 あなたがそのような結果を望んだ理由として、どのような答えが考えられるでしょうか? 時間をとって、次にあげる質問を自問自答してみてください。 心にぱっと思い浮かんだ答えに注目してみましょう。

 この結果を起こすことで、私にどんな見返りがあったのだろう?

 この結果は、どのように私の得になったのだろう?

 この結果により、私にどんな行動が許されたのだろう?

 この結果が起きることで、私はどんな行動を取らずにすんだのだろう?

 この結果を起こすことで、私は何を得ようとしていたのだろう?

 この結果を起こすことで、私はどんな怖れを避けようとしていたのだろう?

 私はどういった目的で、この結果を起こそうとしていたのだろう?

 この結果を起こすことで、私は誰と戦おうとしていたのだろう?

 彼らと戦うために、私はこの結果をどのように利用したのだろう?

 この結果を起こすことで、私はどんな浸りこみ(耽溺)をひそかに隠し続けていたのだろう?

 私が復讐しようとしていたのは誰だろう?

 私は誰を救おうとしていたのだろう?

 この結果を起こすことで、私はどんな罪悪感を清算しようとしていたのだろう?

 私は何から目をそらそうとしていたのだろう?

 なぜ私は、この結果が起きたことについて神を攻撃していたのだろう?

 これらの質問により、私たちの「隠れた計画」のいくつかが明らかになります。 そのような潜在意識の目標を達成した場合、私たちはしばしば被害者意識を募らせてしまうことになるのです。 自らの「隠れた計画」を表面に押し上げることにより、本当に自分を幸せにしてくれるような、よりよい選択をする力を身につけることができます。 自分を幸せにしれくれないものを手放し、本当に望んでいるものを選択できるようになるのです。

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 ところで、あまり上記のような概念になじみのない人に対して、「感情解放系のセラピー」の最も基本的なことを書いておきますと・・・

 たとえば、憎悪の感情から人を殺したくなるような気持ちが起こったとしても、私たちが学んだ3in1キネシオロジーなどの概念では、とりたてて特別なことではないと考えられています。

 また、私たちはそのようなとき単に-そのような気持ち-を感じているだけであり、その感情そのものと、その人自身とイコールではない、と考えています。 そして、各人の感情的なリアクション(反応)のなかには、幾人もの分裂した人格のパートが隠されていると、私は個人的に考えています。

 つまり、私は、「人を殺したいような気持ち」を感じている、あるいは、ある特定の感情や思考、パーソナリティに同調しているだけであり、その感情そのものが、その人(の本質)そのものでは決してないわけです。

 そのような、つねに流れては消えていき、移り変わっていくフィーリングは、その人そのものではなく、あくまで無意識から投影された相対性の次元-物質宇宙-の中に存在している自分を、真の自己と勘違いしているにすぎないと、私は考えています。

 もちろん、肉体の次元で犯罪をおかすなら罰せられることは確実ではありますが、意識の次元においては、私たちは心のなかで何を考え、信じていたとしても、単に分裂した考えが「何かをしたつもりになっている」だけにすぎません。 それが、身体と結びついた身体意識の行為のなかでは「現実だ」、と信じられていることではないかと思います。

 しかしながら、上記の概念が何を意味するかといいますと、形を越えた次元においても、私たちは無意識レベルでも完全につながっていることを意味します。 

 ですから、鏡の法則よろしく、自分の中で考えられた想いのすべては、全ての人の無意識のなかで共有されることになります。

 したがって、他者の幸せを願う(祝福する)なら、当然、自分の幸せにつながりますし、他者を憎む(呪う)なら、当然、自分自身にその想いが返ってくることになります。

 また、そうでなかったとしても、怒りや憎しみの感情を自分が抱いたなら、身体の交感神経系を極度の興奮状態にし、アドレナリンを多量に分泌することになります。 その結果として、内臓の血液循環が悪くなったり、高血圧状態になり、自らをストレス状態にすることになります。

 そのような理由からも、自分の想いについて責任をもつことは、誰にとっても大切なことだと、私は考えています♪

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