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さまざまな象徴的なヒント

 「ターミネーター サラコナー クロニクルズ」のシリーズのDVD10巻目を見ていて、ふと自分たちとは何かについて考えていました。

 膨大な情報を瞬時に吸収し、今までに存在してきたすべての記録を処理でき、自分で考えることができるコンピューター・システムがこのシリーズのなかではターミネータをつくり出す元型として紹介されています。

 それらがなんらかの原因で障害が発生するというシーンがあり、今まで吸収してきた情報-記憶-物語がゆっくりと消えていくような状態が起こり、そのコンピューターが人間でいう「死」のような状態を体験するというシーンがありました。

 このコンピュータが障害を受け、システムがシャットダウンするまでに、そのコンピュータが記憶を失っていく時間の中で体験する現象は、人間が自分の死の瞬間に自分の人生を走馬燈のように見ることとだぶります。

 また、コンピューターのひとつが、全てのデーターをもっているとして、ここで形の表現として、なんらかの行為を行う場合は、処理スピードが速ければ速いほど、複数の仕事を同時にこなすことができますが、それまでに、一つの現象を起こすためには、一つひとつの枝分かれた複数のコンピュータにアクセスし、仕事を分業し、そこへ指令を送るというようなシステムを持っている必要があります。
 
 このターミネーター・シリーズでは、サラコナーや他の登場人物が、「人間の命は尊い、マシーンとはちがう」というようなシーンがよくあります。なぜなら、「マシーンは感情を持たないからだ・・・」というような展開があります。

 でも、本当のところはどうなのでしょう?

 私たちの行為のすべては、自分の記憶というデータベースに基づく、ある種のリアクションということもできると思います。

 最初に組み込まれたデータが正しく一本化されていれば、その指令に基づく何らかの行動(アクション)が遂行されることが目的にあった正しい行為だということができます。

 しかし、私たちが拾うことができるデータ-情報-記憶は、いつも制限されている状態にあると思います。

 最近、紹介した「ウニヒピリ*サンマーク出版」のP18-P20で、

********************************

ヒューレン博士

 皆さんに知っておいてほしい大切なことがあります。
 ウニヒピリ(潜在意識)は、私たちがこれまで経験してきたあらゆることに関する情報を持っています。 情報、それはすなわち記憶です。 あなた自身が体験した数十年というあいだの記憶だけではありません。 「宇宙の誕生から現在まで、すべての生命体、すべての鉱物などが体験した記憶」を持っているのです。

 あなたの身の回りで起きること(問題も含めて)は、すべてこのウニヒピリがもつ記憶が原因で起きています。 ホ・オポノポノでは、その問題の原因となっている記憶を消去すれば問題を解決できると考えています。

 また、この記憶は、誰のウニヒピリにも共通している記憶(情報)ですから、もし、目の前の人に起きている問題であっても、あなたがあなたのウニヒピリと交流し、記憶を消去することで、他人の問題も解決できるというユニークな点をもっています。 記憶の多くは、他と共有しあっているものですから、あなたのウニヒピリのなかの情報をクリーニングすることによって、他人の記憶も同時に消去できると考えます。

 例えば、あなたが今、誰かに対して恨みを持っているとします。 あなたはそこで恨みという感情を経験しています。 それはウニヒピリが保管しているメモリーバンクのなかにある、「過去に何かを恨んだ体験」という記憶が再生されたからなのです。

 ですから、あなた自身そのものが何かを恨んでいるわけではありません。 ウニヒピリが経験したことをあなたが感じただけなのです。 ウニヒピリそのものが怒り、恨んでいるわけでもありません。 ウニヒピリのなかで怒り、恨みの記憶が再生された結果、あなたが怒りや恨みを体験しているだけです。 これが、いつもあなたが恨んでいると感じる理由です。 

 恨み以外にも、怒り、悲しみ、孤独、あきらめ、喜び、楽しさなど、あらゆる感情を抱く理由は、ウニヒピリのなかでそれらの記憶が再生されているからなのです。

 もう一度はっきりとお伝えしたいのですが、問題は自分の外側にあるのではありません。 現実にそのような問題が起きているのではないということです。 それは、いうならばコンピュータのメモリのなかに記録された問題のようなものがウニヒピリの中には膨大にあり、それらをすべてウニヒピリは管理しています。

 あなたのウニヒピリは、宇宙がつくられてから生まれたすべての記憶にアクセスして、瞬間、瞬間に、膨大な記憶を立ち上げています。 

 ウニヒピリのなかでは、一秒間に1500万ビットの記憶が立ち上がっています。 ところが、あなた(ウハネ=表面意識)が日常において知覚し、認識できるのは、一秒間に15ビットの記憶です。 その差は歴然としています。 つまり一瞬一瞬、ウニヒピリのなかでどのようなことが起こっているのか、ほんとうのところ、私たちはまったく気づいていないのです。 

 あなた(表面意識)が体験することは、何でもウニヒピリが記憶として保管しています。

********************************

 つまり、わたしたちの一人ひとりが、膨大な情報の渦のなかで瞬間という時間によってつくり出された流れの中で感じ(知覚し)ていると信じていることとは、わずか1/1'000'000(百万分の一)しか把握できないシステムになっているということです。

 それでも、そのような処理システムに基づき、私たちが人生だと信じている状態の中にあるという認識は、「私は誰か?」ということについての新しい理解へとつながっていくと私は考えています。

 私が持っているもう一冊の本「ハワイの秘宝*PHP出版」のP28のなかで、

「ホ・オポノポノを通したセルフ・アイ=デンティティーは、一つひとつの問題を試練と見なさず、機会ととらえる。 問題とはすなわち、過去の記憶の再生にすぎず、それらをLOVEの視点に立って見直し、霊感によって行動する新たな機会を与えてくれるために姿を現しただけにすぎない」とあります。

 私たちは「愛とは何か?」ということについて、いつも言葉では表現しきれないと感じることが多いと思います。

 また、それを言葉として表現できなかったとしても、それが私たちの記憶の中に立ち上がるとき、「幸せ」を感じることはわかると思います。

 私たちが、愛をよく感じる状態とは、自分が求めている誰かやモノとの距離が接近し、触れることができる状態にあるとき、よくそれを感じると思います。そして、それを自分の自由にできたり、制御することができたときにも、そう感じると思います。

 それをつきつめていくと、愛へ近づくこととは、距離が少しずつなくなっていく状態ということや、ある誰かや何かとの一体化へ進むときにその状態を感じることができると思います。

 でも、このような「自分とは違う誰かや何かが、本当に実在しているのか?」という究極の問いについて考えていくと、自分が分離している状態があるために、愛を求める必要性が生まれたり、私たちの欲望が存在するようになった、ということができると思います。

 さらに考えをすすめていくと、観察する者と観察される者・物という距離がある限り、その距離は永遠に縮まることはないという仕組みがあることに気づくと思います。ミクロの世界における探究の限界は、極小の世界を探究すればするほど、その実像は不確かになるということです。

 それなら、科学で探究できること、観察者が自分とは違う何かがあるという方法論を用いていては、さらなるミクロを追うばかりであり、その先へとたどりつくことはできない仕組みがある、という結論が出ると私は考えます。

 では、観察者と観察される者が同じであると考えるとどうなるのでしょう?

 実際、ミクロの世界について私たちが今、学んでいる概念や知識のなかで大まかな概念として理解していることは、ミクロの世界へ行けば行くほど、私たちが分離している状態が不明瞭になり、境界が消えていきます。

 まるで霧がかった世界の中に漂っているモヤのような状態があるだけなのかもしれません。

 でも、そのような霧、モヤの世界の中で、私が存在しているというアイデンティティがたえず立ち上がってきては、消えていく、というような状態があることを認識している誰かがいることも確かです。

 上記で紹介した「ウニヒピリ」の抜粋の中で

>また、この記憶は、誰のウニヒピリにも共通している記憶(情報)ですから、もし、目の前の人に起きている問題であっても、あなたがあなたのウニヒピリと交流し、記憶を消去することで、他人の問題も解決できるというユニークな点をもっています。 記憶の多くは、他と共有しあっているものですから、あなたのウニヒピリのなかの情報をクリーニングすることによって、他人の記憶も同時に消去できると考えます。

 というようなことが可能な理由は、ミクロの世界において、私たちが個として分離しているという概念がなくなっていくことで、一つのウニヒピリだけがこの中にあり、その中にある様々な物語の記憶-過ち、誤解、錯覚の記憶-にアクセスすることで、それらを消去できるという考え方だと思います。

 この概念について基本となる前提は、「私たちは身体ではない」ということだと思います。

 もう何度も日記で書いているのでくどいかもしれませんが、私たちの深い眠りに入るとき、私たちは人生の記憶、世界、時空間を一時的に離れます。 そして、また朝起きたとき、人生と世界がまるで夢の続きを見るように顕れます。

 ふしぎの国のアリスは、いつ目覚めるのでしょう・・・

 それは、たぶん私(たち)自身がそれから目覚めると決意するときだと思います。

 様々な形を物質宇宙という巨大なホログラムとして投影し、同時に、そのホログラムの中の物質に私を移動することで、役者が、舞台の中で人生の物語を演じるようになります。

 この人生というプログラムに対して、たぶん唯一の自由は、私が誰であるかを思い出すことだけなのかもしれません・・・

 そのときに、投影された宇宙の中にいながら、そのなかには実在していない私に気づき、私という概念の必要のない世界-至福-だけが真実であると悟るのかもしれません・・・


********************************

 ここでの認識は、いつも私が、すべての役を演じているのかもしれません・・・

 たとえ、私たちがどのようなことを考え、信じていたとしても・・・

 すべての私が、私であると考えるなら、
 争いは決して起こらないはずなのですが・・・
 この現実においては、それを信じることがむずかしいかもしれません。

 この中での私は、私の身体を守ることに精一杯であり、あまりにもそこで造られたルールに従うことに忙しいし、生きるためにする必要のあることが、あまりにも多すぎて・・・

 また、私自身が、あまりにも目に見える何を追い求め、
 形として顕れたモノしか、信じることがなかなかできない。

 それが私に起こったことのように、いつも感じるようにできているから・・・

 この世界は、かなりくたびれているのかな? 

 それとも、疲れているのは私だけなのかなぁ~
 
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